歯科医療は格差社会?
日本大学教授 歯学部医療人間科学教室 歯学博士 尾崎哲則


日本の歯科医療の提供はどのような、所得層を対象に行われているのだろうか。当然医療である以上は、疾病の治療を中心として、予防管理からリハビリテーションまで含むものであるが、すべての所得層が均等に医療サービスの提供を受けているのではないと思われる資料が、最近容易に見られるようになった。
歯科診療代(家計から支出される歯科医療に関わる費用)の家計収入との関連を見てみよう。

社会・経済政策の立案のための資料で、世帯を対象とし、家計の毎月の収入・支出などを毎月調査している総務省統計局の「家計調査」で、歯科診療代の1995〜2005年の推移をみてみた。
一世帯当りの実質額(2000 年基準の消費者物価指数で調整:以下同様)でみると、医科診療代では、1995〜1999年にかけて約50%増加し、2000年には介護保険法導入により微減になったが、その後は対前年比1.6〜1.9%の微増傾向を続けている。一方、歯科診療代は、1995〜1998年にかけて40%増加した後、減少に転じ、2003年には1998年の約80%の水準にまで低下したが、以後緩慢な増加傾向で推移している。

ついで、収入別の一世帯当たりの歯科診療代(実質額)では、収入が高いほど歯科診療代が多いという正の相関関係を示し、各年の収入階級と歯科診療代との相関係数は、2002年を除く各年でr=0.9以上であった。また、収入階級間の支出額の差は1995年の7,079円から1999年には16,540円に拡大したが、その後縮小し2002年は10,115円となったが、2003年以降拡大し、2005年には18,272円になった。これは、この数年最も収入が低いクラスで徐々に低下している一方で、最も収入が高いクラスでは大きく増加しているためである。特に、収入の低いクラスでは、自己負担率が30%に改定された2002年以後は、家計からの名目支出も低下傾向にあり、歯科診療の受診抑制になっていると考えられた。
一方、医科診療代では、収入階級間の支出額の差は小さいが、この数年は弱いながら収入との正の相関傾向がみられるようになった。

家計収入による歯科診療代の格差は、いくつかの先進諸国では、かなり前から報告されていたが、これらの国では、成人の歯科診療は全額自費もしくはかなり給付率が低い傾向にあるため、このような現象が起こっているとされてきた。しかし、わが国のように、医科と同様の比較的高い給付率で、かつ国民皆保険制度の国では、起きにくいと思われていた。
さらに、一回の診療代は、「1 bill(紙幣1枚:通常10ドル、日本なら1000円であろう)」 を超えると、支払いに対して心理的抵抗感が増すといわれている。したがって、給付率が改訂されても、歯科診療機関への支払いは一定ということになり、この要素からも、収入の低いクラスでは、歯科受診が抑制されていることも考えられる。

ところで、歯科疾患の有病状況をみると収入との関連では、う蝕を中心に、歯周疾患をも含めて、所得の低い層のほうが高い傾向があることが、最近の分析から指摘されている。
上記のデータから、歯科疾患が多いと指摘される所得の低い層では、疾病量が多いにも関わらず、歯科医療代が低い、即ち歯科疾患の多寡が歯科診療代を決定していないのではないかと考えられた。

この数年、家計格差が国民の中で拡がってきているが、歯科診療代もその傾向にある。今後の超少子高齢社会を迎えるなかでの、歯科医療を考えるときには、疾病構造の変化のみならず、医療保険制度をも含み包括的に社会保障体制も考慮していくことが重要ではないだろうか。

注:クラス分けは各年度によって異なっており、2005年では、Iは356万円未満、IIは356万〜486万円、IIIは486万〜639万円、IVは639万円〜871万円、Vは871万円以上
<プロフィール>

尾崎哲則

現在の専門(福祉・医療を含め)を主にして、歯科医療政策・歯科医療経済、医療管理学

1956 愛知県生まれ
1983 日本大学歯学部卒業
1987 日本大学大学院歯学研究科修了
1998 日本大学教授
2002 日本大学教授・歯学部医療人間科学教室
日本大学歯学部附属歯科衛生専門学校長

2002-2003 アデレード大学(オーストラリア)客員教授(社会歯科学)

各種委員(2000年以降・主なもの)
2000 医療疾患実態調査精密審査委員責任者(厚生省)
2001 「健康日本21・歯における健康指標の開発と評価に対する研究班」班員(厚生労働省)
東京都歯科医師会地域保健医療常任委員会委員
東京都歯科医師会成人保健医療常任委員会委員
歯・口の健康推進医院(日本学校保健会)

2002 東京都歯周疾患改善指導事業推進委員会委員長(東京都)
2003 東京都大田区「健康太田21」策定委員会副委員長・第3部会長
2004 東京都健康推進事業実施者歯科保健支援モデル事業検討委員会副委員長
東京都歯科保健対策推進協議会 専門部院長
「地域健康増進計画の技術的支援に関する研究班」班長(厚生労働省)
2005 個人情報保護事例集作成臨時委員会委員(日本歯科医師会)
禁煙推進委員会委員(日本歯科医師会)

学会等関連
日本口腔衛生学会 理事・認定医
日本歯科医療管理学会 常任理事
日本産業衛生学会 代議員
日本行動医学会 評議員
全国歯科衛生士教育協議会 理事

最近の著書
8020地域歯科保健活動の現場から ヒョーロン 2001
歯科医院から始める禁煙支援 クインテッセンス 2002
スタンダード口腔保健学 学院書院 2003
人間ドックマニュアル 第3番 医学書院20003
新予防歯科学 第3番 歯科疾患の疫学目標
スタンダード社会歯科学 学建書院 2005