こんにちは。皆さんお元気でしょうか?
今年もとても早いスピードで時間が過ぎていきますね。
ちょっと、休んでいると、やりたいことが山積みになってしまい、時間がない と言って、周りを困らせている今日この頃です(笑)。
最近は時間の管理をしっかりと思っているのですが、私はとても人の仕事を安易に引き受けすぎるところがあり、ふと気づくとダブルブッキングをしてしまいそうになり、本郷さんに注意をされてしまいます(笑)。 私のスケジュールを知りたい人は本郷さんに聞いてくださいね。
では、今月も元気にスタートしたいと思います。 先月までで学生時代が終了しましたね。 今月は私の就職についてお話をしたいと思います。
皆さんは就職に関してどのくらい興味を持って探しましたか?
学生時代にこのような人に将来なりたいとか、この分野で一流になりたいとか、 はたまた、全然考えてないとかあるかと思います。
私自信は正直に就職に関して全く考えたことがありませんでした。勉強があまり好きではなかったことと、これ以上親に面倒をみてもらうのも嫌ということもあり、大学を卒業したら就職して出来るだけ早く開業をしたいとだけ思っていました。また開業する場所はとりあえず実家のそばがいいかな程度でした。
当然、やりたいことなど全くなく、どこの歯科医院に就職しても変わらないだろうと本気で思っていました。 「ええー 笠原先生そんなに馬鹿なの?」と思われるかもしれませんが、本当に全く、全く考えていなかったのでした。
このコラムを読んでいただけている先生方はこんな馬鹿はいないかと思いますがいかがですか?
「ええー 笠原先生と同じだ・・・」と思った方、いますか? でも大丈夫です。心配はいりません。これからです。
とりあえず私の就職活動は、学生課にきている求人をみることでした。当然実家に近い埼玉の求人を見ました。
ところが、どれも同じような感じで、また違う感じでということで、どこが良いのか悪いのかが全くわかりませんでした。
そこで、実習の担当の先生であった当時の同窓会の会長の先生に聞いてみてからと思い、相談したところ 「笠原君の実家の近くの同窓の先生で、ラグビー部のOBの先生がいるからどうか」と言われ、 「会長の薦めなら、間違いはないな」と思い、夏休みに見学に行き、そのまま 就職を決めました。
(このときの見学のお話とその夜の出来事が私の就職を決めた要素かもしれません。このお話は次回に・・・)(笑)
私の性格ですので、他の医院は見学には行きませんでしたし、全く別の方向など考えてもいませんでした。
この話を見て、先生方はどのように思いますか? 「本当にこんな先生いるのか?」またまた「同じだ!」と思うのか、 今の私でしたらこのようには決めていませんが、まだ学生の方はいまでもこのような状態なのかもしれませんね。
(そのための研修医制度ですかね・・・)
次回からは私の勤務医時代のお話をしていきたいと思います。 |
<プロフィール>

1970年 埼玉県の北西部の田舎で生まれ育つ。
1988年 埼玉県立秩父高等学校を卒業する。
1988年 東日本学園大学(現北海道医療大学)に入学する。勉強よりもラグビー部の練習の方がつらかった思いでがあり、今も、夏合宿の前の日の夢をる。目が覚めて、もう卒業したことにホッとしてまた寝る。よく国家試験の夢をみるという人もいるが私はまだない。
1994年 大学を無事卒業する。
1994年 当時の大学の同窓会長のすすめで、ラグビー部のOBの歯科医院に勤務する。今の私の考えがあるのも、勤務医時代のお陰と思って、感謝している。
1997年 無謀にも自分ならできると思い宮城県塩釜市にて、紹介により開業する。しかし、世の中そんなに甘くないことを知る。初めての挫折を十分に味わう。
1999年 宮城県仙台市に移転開業をする。20代にして2度の開業を経験する。 2004年 現在地に500メートル移転を行う(3度目)。 |